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東京地方裁判所 平成7年(ワ)17637号 判決 1998年9月21日

原告

園田愛子

原告

前田正子

右両名訴訟代理人弁護士

村田彰久

被告

学校法人東邦大学

右代表者代理事

柴田洋子

右訴訟代理人弁護士

藤本猛

竹内桃太郎

吉益信治

浅井隆

中野裕人

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告らは、被告に対し、労働契約上、被告の大橋病院において看護婦として就労する権利を有すること並びに被告の医学部看護問題対策室において勤務する義務がないことを確認する。

二  被告は、原告らに対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成七年九月二三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告医学部に付属する大橋病院の看護婦として勤務していた原告らが、被告のした医学部看護問題対策室へ配(ママ)置転換について、職種及び就労場所を限定した労働契約に違反する、仮にそうでないとしても権利の濫用であるとして、その効力を争う事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  当事者等

(一) 被告は、教育基本法及び学校教育法に従い、学校その他教育及び研究の施設を設置して、教育及び学術の研究をすることを目的とする学校法人であり、医学部、薬学部及び理学部の三学部からなる東邦大学のほか、東邦大学医療短期大学、東邦大学佐倉看護専門学校、駒場東邦中学校・高等学校、東邦大学付属中学校・高等学校を設置・経営している。また、被告は、東邦大学医学部に付属して、東京都大田区大森西所在の大森病院、東京都目黒区大橋所在の大橋病院、千葉県佐倉市所在の佐倉病院を設置しており、平成六年六月一日現在、各付属病院の看護部所属の看護婦数は、大橋病院二六五名、大森病院五七一名、佐倉病院二四三名であった。

(二) 原告園田愛子(以下「原告園田」という。)は、昭和四二年八月に看護婦の免許を取得し、同年九月一日、被告に看護婦として雇用され、大橋病院勤務を命じられて、同病院において看護婦として就労してきた。その間、原告園田は、同病院において、昭和五一年八月一日付けで看護婦長に、平成元年四月一日付けで副看護部長に昇任し、平成三年七月一日付けで副看護部長のまま看護部長代行を命じられたが、平成四年九月一日付けで中野兼世(以下「中野看護部長」という。)が佐倉病院の副看護部長から大橋病院の看護部長に就任した際、看護部長代行の職を解かれた。

原告前田正子(以下「原告前田」という。)は、昭和四四年八月に看護婦の免許を取得し、被告医学部に付属する大森病院で看護婦として勤務していたが、昭和五〇年一二月に同病院を退職した後、昭和五一年八月から昭和五二年三月まで五反田クリニックに勤務し、その後、昭和五二年七月一日、再度被告に看護婦として雇用され、大橋病院勤務を命じられて、同病院において看護婦として就労してきた。その間、原告前田は、同病院において、昭和五七年四月一日付けで看護婦長に、平成三年六月一日付けで副看護部長に昇任した。

2  本件配転等

(一) 原告らは、平成五年九月二七日、大橋病院の院長矢吹壮(以下「矢吹院長」という。)に対し、同月三〇日付けの「副看護部長辞任願い」と題する文書(<証拠略>)を提出した。その内容は、「私達は平成一年四月一日と平成三年六月一日付で副看護部長職を任命されました。その後、部長代行及び副部長と病棟婦長を兼務し努力して参りましたが、この度色々と考える事がありまして、平成五年九月三〇日をもって副看護部長職をおろさせて頂きたいと思います。今後は一婦長として仕事に専念していきたいと思います。」というものである。

被告は、原告らに対し、平成五年一〇月二一日付け人事異動通知書をもって、被告の就業規則五六条一号に基づいて、副看護部長の職を解き、婦長に降職する処分(以下「本件降職処分」という。)をするとともに自宅待機を命じた。

(二) 被告は、平成六年五月二日、原告らに対し、同月一〇日付け人事異動通知書をもって、原告らを医学部看護問題対策室に配置換する旨の配置転換を命じた(以下「本件配転」という。)。

3  被告の就業規則(<証拠略>)

第四条(職員の職種)

職種は次のとおりとする。

一  教育職員

二  技術職員

三  事務職員

四  看護職員

五  技能職員

六  労務職員

第五条(職員の任免)

職員の任免は、学校法人東邦大学理事長が行う。

第一二条(服務規律)

職員は、職制により定められた上司の指示命令に従い諸規定及び通達を守り、責任と秩序をもって業務に従事し相互に協力してその職責の遂行に勉励しなければならない。

第一八条(配置換)

法人は、業務上の都合により配置換を命ずることがある。この場合において当該職員に正当な理由がある場合のほかはこれを拒むことができない。

第五四条(懲戒の種類)

懲戒は、その程度により次のとおりとする。

一  譴責 始末書をとり将来を戒める。

二  減給 一回の事案について平均給与の半日分以内とし、一カ月間の減給は、その給与の総額の十分の一を超えることはない。

三  出勤停止 期間は七日以内とし、その間の給与は一切支給しない。

四  降職 役付を免じ又は格下げする。

(以下省略)

第五六条(減給その他)

職員が次の各号の一に該当するときは、減給、出勤停止、降職、諭旨退職に処する。但し、情状により譴責にとどめることがある。

一  この就業規則、又はこの就業規則に基づく命令に違反したとき

(以下省略)

二  主たる争点

本件配転の有効性

1  原告らと被告との雇用契約は、職種及び就労場所を限定したものかどうか

(一) 原告らの主張

原告らは、いずれも職種は看護婦、就労場所は大橋病院看護部と限定して被告に雇用されたところ、看護問題対策室における原告らの業務は、看護婦業務とは全く関係ないものであり、本件配転は労働契約違反であるから無効である。

(二) 被告の主張

原告らの主張は争う。

被告は、職種を臨床看護婦としての職務に限定したり、就労場所を大橋病院に限定して原告らを雇用したわけではない。就業規則一八条は、職員の配置換について、職種や職務を限定していない。また、看護問題対策室における原告らの業務は、看護婦業務の一部であるから、職種の変更をしたわけでもない。

2  本件配転が権利の濫用に当たるかどうか

(一) 原告らの主張

本件配転は、原告らの同意もなく一方的に行われたのみならず、原告らを看護婦業務から引き離し、看護婦業務とは全く関連のない業務に従事させることによって辞職に追い込むために行われたものであって、業務上の必要性、人選の合理性を欠くとともに、看護婦業務から離れたことによる原告らの被る不利益は著しいものであるから、権利の濫用に当たる。

(二) 被告の主張

原告らの主張は争う。

本件降職処分後、大森病院、佐倉病院からも原告らの受入れを拒否されたこと、看護問題対策室においては専門的知識を有する看護婦が不可欠であったことから本件配転が行われたものであり、業務上の必要性、人選の合理性は認められるし、また、本件配転後も原告らの給与は特に減額されておらず経済的不利益もない。

第三当裁判所の判断

一  本件配転に至る経緯

(証拠・人証略)及び原告各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実を含む。)、右証拠中これに反する部分は信用できず、採用しない。

1  平成三年七月一日付けで大橋病院院長に就任した矢吹院長は、それまで同病院の看護部長であり同年六月三〇日付けで退職した酒井小夜美が、副看護部長であった原告らとの対応に疲れていたとの事情を知り、被告理事長と相談の上、同年七月一日付けで、原告園田を看護部長代行に任じ、大橋病院の運営・管理に参加させることとし、原告前田にその補佐をさせることにした。また、同年一二月、前虎ノ門病院看護部長栗山やまを嘱託として採用し、原告らの指導に当たらせていた。

2  しかし、大橋病院では平成四年三月末における看護婦の退職者数が四六名と多数にのぼったばかりでなく、東邦大学医療短期大学の卒業者で同病院勤務を希望するものが前年に比べて半減し、同年四月一日の採用者が三〇名に止まり、看護婦数が定員二九二名を割る二六〇名となり、一病棟(耳鼻科病棟、ベッド数二〇床)を閉鎖せざるを得ない事態となり、耳鼻科を内科病棟に移すことになった。

そのため、矢吹院長は、看護部を立て直す必要があると考え、被告本部人事担当であった安部井徹常務理事(以下「安部井常務理事」という。)などと相談した結果、平成四年九月一日付けで佐倉病院で副看護部長をしていた中野看護部長を大橋病院の看護部長に迎え、原告園田の看護部長代行を解くこととした。

3  ところが、原告らは、大橋病院においては、制度上、看護部長の人選について、事前に副看護部長や婦長会の意見を聴く取扱いになっていなかったにも関わらず、中野看護部長の就任に際し、婦長会や原告らの意見を聴かなかったとして不満を述べ、中野看護部長に対しても非協力的な態度を示した。中野看護部長は、佐倉病院での勤務が長く、大橋病院の実情を十分知らなかったため、原告らの協力が不可欠であったが、両者間での意思の疎通が円滑にできず、業務上支障が生じることとなった。

4  そこで、矢吹院長は、右事態を憂慮して、安部井常務理事らと相談の上、看護婦業務の円滑な管理・運営を図るべく、大森病院の婦長であった森田啓子(以下「森田副看護部長」という。)を大橋病院の副看護部長に迎えた。

しかし、原告前田は、各副看護部長の業務分担を明確化するためとして、中野看護部長に対し、指示をするときは文書をもってするよう求めたりした。また、中野看護部長が、原告園田に対し、原告前田に対する指示内容を伝えるよう告げると、原告園田は、誤解を生じかねないなどとして、原告ら両名に対し、直接指示するよう求めてこれを拒否したりした。

5  矢吹院長は、平成五年八月三〇日付け文書をもって、被告理事長から米国ロサンゼルスにあるUCLAメディカルセンターで同年一〇月一七日から同月二五日まで開催される看護婦研修セミナー「モダン・ナーシング・ストラテジー」に派遣する看護婦一名の推薦依頼を受けたので、副院長、事務部長、中野看護部長らと協議の上、平成五年九月一四日、森田副看護部長を推薦することとした。

ところが、原告らは、同年九月二〇日、中野看護部長に対し、人選の説明を求め、自分達に相談なく業務運営事項が決定されていくなどとして不満を抱き、「副部長職をおろさせてもらいます。森田さんと二人でやっていって下さい。」などと発言し、副看護部長を辞任する態度を示し、さらに同月二七日、矢吹院長に対し、連名で文書をもって、「副看護部長辞任願い」(<証拠略>)を提出するとともに、中野看護部長に対し、原告らが副看護部長として当時担当していた業務を列挙し、同月三〇日をもってこれらの業務を返上する旨の文書(<証拠略>)を手交した。

なお、右研修派遣看護婦の選考に際し、副看護部長である原告らの意見を聴く取扱いとはされておらず、原告らも選考対象者であったため、相談するのは不適当であった。

6  ところで、矢吹院長は、中野看護部長に対し、原告らを慰留するよう指示していたが、中野看護部長は、原告らの意思が固いのでこれを認めざるを得ないと判断し、同月二八日、矢吹院長に対し、同月二七日付け「副看護部長職辞任願の提出について」と題する書面(<証拠略>)を提出した。

これを受けて、同月三〇日に開かれた大橋病院の病院定例会において、原告らの右辞任願いの取扱いを協議したところ、原告らの一方的申出を承認すれば、病院の組織運営に関わる問題となることからこれを許可すべきではないとの結論に達した。矢吹院長は、平成五年一〇月一日、中野看護部長を通じて、同年九月三〇日付けをもって副看護部長職の辞任を許可しない旨の命令書(<証拠略>)を原告らに手交しようとしたが、原告らはその受領を拒否し、同年一〇月五日にも再度右受領を拒否した。

そこで、同月七日に開かれた大橋病院の病院定例会において、原告らの取扱いについて再度協議し、原告らの言動が就業規則一二条に違反し、懲戒処分をすべきであるとの結論に達し、同月一二日、矢吹院長は、その旨を被告の理事長に報告した。

これを受けて、被告は、同月一二日及び一八日、理事長、安部井常務理事、事務局長、人事部長らが原告らの取扱いを協議した結果、就業規則五六条一号を適用して、原告らを婦長職に降職する旨の懲戒処分をすることに決定し、同月二一日、原告らに右懲戒処分を発令する(<証拠略>)とともに自宅待機を命じた。

7  その後、被告は、大森病院及び佐倉病院に対し、原告らの異動受入れを再三要請したが、両病院看護部からは強く拒否された。また、被告は、原告らに対し、平成六年一月六日ころ、原告らの代理人弁護士を通じて看護問題対策室への異動を打診したが、原告らの同意は得られなかった。

しかし、被告は、自宅待期期間が六か月と長期に及んだため、平成六年五月一〇日、原告らに対し、看護問題対策室への配転を命じた(<証拠略>)。

8  看護問題対策室は、平成四年三月二七日、大橋病院、大森病院、佐倉病院の看護婦の共通的募集活動の調整を行う目的で、医学部長直属の組織として、室長一名、係員一ないし二名をもって設置され、その事務分掌は、<1>募集に関する情報の収集、<2>官公庁、日本看護協会、ナースバンク等関係期間(ママ)との連絡及び情報交換、<3>募集活動の全般的企画と調整、<4>対策室による募集活動の実施、<5>募集関連予算の計画策定、<6>(地方駐在員を設けることを予定しているが、この場合は)地方駐在員の監督指導、<7>看護婦の早期退職防止策の検討、<8>看護婦応募状況等統計資料の作成および配付、<9>その他命ぜられた事項とされていた。

具体的には、看護婦採用促進対策業務として、全国各地の看護学校等と連絡を密にし、その卒業生が被告に就職するよう勧誘すべく、全国五か所に駐在員をおき、各地の看護学校等から卒業生に関する情報を収集するとともに、各地の看護学校等を訪問して、学校関係者や学生らに被告医学部附属病院看護部における看護婦業務の実態や看護婦に対する待遇等を説明して被告の看護婦募集に応募するよう勧誘するなどしていた。

また、看護婦離職防止対策業務として、室長の主宰で被告医学部附属各病院の看護部長、事務部長、東邦大学医療短期大学及び同佐倉看護専門学校の教員等が看護婦の待遇向上について協議し、看護婦の待遇改善と待遇向上に努めている。

本件配転以前、同対策室には事務職員のみ配置されており、各地の看護学校等を訪問する際は、室員に看護部長や副看護部長あるいは婦長が同行するなどしていた。また、各地の駐在員には看護婦経験者も配置されていた。

二  原告らと被告の雇用契約

1  原告らはいずれも看護婦として採用され、大橋病院勤務を命じられていること(<証拠略>)、原告らは、被告に雇用されて以来、大橋病院において、看護婦としての専門的知識・経験を活かした業務に従事してきたこと(当事者間に争いがない。)、被告医学部付属の三病院間ではこれまで看護婦の配置転換が行われてきたこと(<証拠・人証略>)、被告の就業規則四条に職種に関する規定、同一八条に配置転換に関する規定が存すること(<証拠略>)などからすると、原告らは、被告と雇用契約を締結する際、原告らの職種を看護婦に限定し、原告らの承諾がない限り、そのほかの業務に従事する義務を負わないとする合意があったと解するのが相当であるが、就労場所を大橋病院とする合意まであったと解することはできない。

2  そこで、原告らを看護問題対策室の業務に従事させることが看護婦としての職種限定の合意に反するかどうかについて検討する。

(一) (証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

大橋病院看護部の職階は、看護婦、主任看護婦、看護婦長、副看護部長、看護部長と順次昇進していくものとされ、看護婦長は、看護部長の命を受け、担当看護単位において管理的、教育的、研究的機能を展開させ、質の高い看護ケアーの提供に努めることとされ、その業務は、病院の方針並びに看護部の方針の徹底、看護部長の補佐業務、担当看護単位の方針の徹底、職員の管理、患者管理、物品の管理、薬品の管理、施設・環境の管理、安全管理、教育・研究、諸会議への参画、他部門との連絡調整、その他とされている。また、副看護部長(労務・人事担当)は、看護部長を補佐し、その業務は、部長不在時の代行、業務人事担当責任、福利・厚生に関すること、他部門との連携、協調を図る、諸会議、看護部長への報告とされており、右のうち、業務人事担当責任者として、業務委員会を統括し、看護業務の充実を図ることとされ、人事関係については、看護婦募集、採用候補者の選考・採用、昇任・昇格、退職等に関する具申ならびに庶務を行う、労務関係については、職員の適性(ママ)配置、ローテーション、勤務体制等について検討し、部長に具申することとされている。

なお、原告らは、本件降職処分以前、副看護部長として、右業務のほか、原告園田については、教育に関する業務、主任オブザーバーの件、西穂診療委員であり、また、原告前田については、三病院合同パンフレット作成担当業務、リースユニフォームの変新について、当直婦長勤務作成表、看護部業務委員オブザーバー、病院内患者用テレビについての調査であった。

(二) 右によれば、看護婦業務といっても、看護婦長職以上では、看護婦本来の業務である「傷病者若しくはじょく婦に対する療養上の世話又は診療の輔助をなすこと」(保健婦助産婦看護法五条)に直接従事するだけでなく、看護婦としての技能を活かして人事・労務管理的業務、研究業務に関与することも求められ、これらも看護婦としての業務の一部であったということができ、特に副看護部長職では、看護婦の募集業務に関するものも含まれている。

一方、看護問題対策室における業務は、前記一8のとおりで、看護婦の募集業務及び看護婦の離職防止業務を担当する部署であり、事務職員によって事務的業務は処理されていたが、各地の看護学校等を訪問して、看護婦の応募勧誘業務を行う際は、副看護部長、婦長等看護婦職にある者も同行していたことからすれば、同対策室における看護婦募集業務には看護婦の有する専門的知識も必要とされていたことは明らかである。

そうすると、同対策室において原告らが担当すべき業務が看護婦業務と必ずしも異なる職種であるということはできない。

三  権利の濫用

本件配転は、前記一記載の事実によれば、原告らが副看護部長職の辞任願いを提出したことに端を発し、本件降職処分後の配転先として発令されたものであることは明らかである。

そして、原告らが右辞任願いを提出した当時、大橋病院看護部において、中野看護部長は、原告らとの間で意思疎通が円滑にできないことなどから、業務に支障が生じていたことは前記一3のとおりであり、原告らの右辞任願いを受けて、中野看護部長、矢吹院長を初めとし、被告が原告らの取扱いに苦慮していた様子は前記一の原告らへの対応から十分に窺える。なお、原告らは、各本人尋問において、原告らが副看護部長を辞任することによって、看護部内の業務が円滑に遂行されると考えた旨供述するが、右辞任願いは、自ら降職を望むことであって、看護部内の職階の秩序を乱すことになりかねないばかりか、中野看護部長の仕事振りに批判的な考えを持っていた(原告ら各本人尋問の結果)原告らの行動としては、公けに中野看護部長に対する批判的態度を表明するものと受取られるのは明らかで、右行動が看護部内に混乱を招来することになることも容易に推測できたというべきであり、不適切であったことは否定できず、被告の原告らの取扱いに苦慮した様子からしても、被告及び大橋病院内に動揺があったことが推認できる。そうした状況からすると、本件降職処分に伴って、被告が業務の混乱、支障を避けるために、原告らに自宅待機を命じたのもやむを得ない措置であったというべきである。また、その後自宅待機の期間が六か月に及んだとしても、大橋病院においては、中野看護部長、森田副看護部長がそのまま在職していたほか、看護婦長その他の看護婦の構成にも大きな変化はなかったことから、原告らが大橋病院において勤務を継続した場合、かつての上司が同僚になることによる婦長ら、かつての同僚が部下になることになる森田看(ママ)護部長らに戸惑いや混乱を招くことになる上、そのような看護婦長職以上のいわば管理者間に混乱等があれば、若い看護婦にも影響を与え、ひいては看護業務そのものに支障を来すおそれがある(<人証略>の証言及び弁論の全趣旨)し、前記一の本件配転に至るまでの中野看護部長と原告らの関係を考えれば、業務上再び支障を生じることになるのも容易に推測できるのであって、被告が原告らの配置転換をするしかないと判断したとしても、やむを得なかったというべきである。しかし、大森病院、佐倉病院は、前記一7のとおり、原告らの異動受入れを強く拒否したというのであり、被告としては、本件配転は、いわば苦肉の策であったということができる。

確かに、原告らは、看護婦資格取得後、一貫して臨床の看護婦としての職務に従事してきたものであり、本件配転後の担当業務は看護婦の募集業務で、副看護部長当時に担当していた業務の一部にすぎず、看護婦として従来担当してきた職務がかなり減ぜられることになり、そのために原告らが苦痛を受けることは否定できないし、従来事務職員のみ配置されていた看護問題対策室に、看護婦不足の状況の中で、二名もの経験豊富な看護婦を配置しなければならなかったかについて疑問がないわけではない。

しかし、看護問題対策室は、その設置の当初から、その目的に照らして将来的には看護婦職の者の配置を予定しており、平成五年三月にも大森病院の看護部長であった者を同対策室に配置しようとした経過があること(<人証略>)、前記一8のとおり本件配転以前、同対策室では、各地の看護専門学校等を訪問する際、被告医学部付属の三病院に所属する副看護部長や婦長らが同行していたことからすると、それまで事務職員しかいなかった同対策室に専従の看護婦職の者を配置し、看護婦募集業務等に全般的に関与させることによって、右業務をより充実、効率化できる(<人証略>の証言及び弁論の全趣旨)ことも否定できず、その場合、看護婦として豊富な経験を有し、副看護部長当時、こうした業務に関与したこともある原告らを右業務に従事させることは適切であったということもできる。

さらに、本件配転については、原告らの待遇は婦長職のままで、給与等の減額はなく(<人証略>の証言及び原告ら各本人尋問の結果)、原告らに経済的な不利益はなかった。

これらの事情に照らせば、職務内容の変更の程度、それによって原告らが苦痛を受けることは否定できないとしても、原告らの大橋病院における勤務の継続が困難であり、大森病院、佐倉病院への異動も不可能であったこと、患者に接するという看護婦業務の性質からして、看護婦間の人間関係に問題があることや指揮命令が円滑になされないことは業務に対し大きな弊害となると考えられること及び被告が看護問題対策室の業務をより協(ママ)力に推進しようとしていたことなどから、被告の業務上の必要性は、極めて高かったというべきでる(ママ)し、原告らが被告医学部付属の三病院で婦長として勤務することが困難であった上、看護婦として豊富な経験を有し、看護婦募集業務に関与した経験も有していたことから、人選についても一応の合理性が認められるということができるのであって、さらに原告らに特段の経済的不利益もなかったことを併せて考慮すれば、他に原告らの主張を認めるに足りる証拠もない以上、本件配転は、権利の濫用に当たるということまではできない。

なお、原告らは、本件配転に関し、大橋病院の院長選挙に関連するかのような記載のある陳述書(<証拠略>)を提出し、これに沿う(人証略)の証言もあるが、右はいずれも推測の域を出ないものであって、これらから、本件配転と院長選挙を結びつけて考えることはできない。

四  以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

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